また会えるその日まで ~初めての東京ドーム~

私がたっちゃんに会いにいくのは、今回が3回目。
東京ドームは初めてだった。

 田口くんが脱退を発表して半年。 
充電期間に入ることも決まって、不安や悲しみ、いろんな感情の整理は結局できなかった。

 年明けからはシングル、アルバムのリリースが続いて、雑誌やテレビ出演も多くて嬉しかったし、デビュー10周年は、相方と2回もお祝いして楽しかった。
でも、レギュラー番組の最終回、4人での最後の出演となったMステ、オールスター感謝祭のミニマラソンでのたっちゃん優勝‥‥涙涙の日々になった。

そしてついに、この日がきた。 
ずっと楽しみにしていた。 
ずっと会いたかった。 
でもそれだけじゃない、言葉では言い表せない感情が入り混じって、 妙な緊張感があった。 

 初めての東京ドームは、思っていた以上に広く感じた。 
4/30は、三塁側スタンドだった。
 赤いペンライトの海が綺麗で、3人の姿を目に焼き付けておこうと思ったけれど、開演前から涙が溢れそうだった。 
 はじまってからは堪えきれず、何度も涙した。 あんなに広く感じたドームで、メンバーの存在をとても近くに感じることができた。
 KAT-TUN+東京ドームって、本当にすごい!
 私の予想なんか、はるかに上回ってた。 
迫力があって、綺麗で、素晴らしくて、圧巻!
たくさんの人たちに見てもらいたいと思った。

5/1は、一塁側スタンドだった。
この日は、泣きながら必死に笑顔でいようと頑張った。結果は無理だったけど。
KAT-TUNとhyphenは、本当に強くて深い絆で結ばれていた。 
これまで積み上げてきた歴史を見ることができて、感動と感謝!
 今回のことで、もっともっと絆は強く深くなって、また東京ドームで再会する時は、お互いどんなふうになっているんだろうと楽しみになった。 
 そう思えたのは、こんな素晴らしい世界を見せてくれたメンバーと、スタッフさん、hyphenのみなさんのおかげ。 
本当にありがとうございます! 
みなさんのおかげで、私は今、経験したことのない感動で満たされています。
KAT-TUNのファンになれて、hyphenの一員になれてよかった。
一緒に入ってくれた、大先輩のhyphenである相方にも感謝しきれない。
今の私があるのは、相方のおかげだから。

充電期間に入ってまだ4日目。 
正直まだまだ寂しい。
でもちゃんと、たっちゃん以外の出演番組チェックしてる。 
一緒に戦ってくださいって言われたからね。
また再会できるその日まで、KAT-TUNとhyphen、お互いの存在が、強い心の支えになりますように。

KAT-TUNとの出会い

まずは、ジャニヲタになったきっかけ。

私は、ドラマ「美男ですね」で初めてKis-my-ft2を知り、玉森くんのファンになった。
初めてのコンサートは、広島グリーンアリーナだった。
当時すでに既婚、義両親と同居だったが、子供がいないため、行きたいと言いやすかった。
まだ友達はおらず、母が一緒に行ってくれた。
その後、mixiのコミュニティで何人か友達ができ、実際に会うようになった。
新規、既婚者、小さい子がいる人が多かった。
いろんな考え方の人がいるということを学び、友達付き合いに少し疲れていた。
シングル、アルバム、DVD、コンサート、舞台‥‥できるだけ欲しい、行きたいという欲求との葛藤も辛かった。
ジャニヲタって大変だと思った。


やっと、KAT-TUNとの出会い

約2年前、たまたま見たザ・少年倶楽部プレミアムで、KAT-TUNが「4U」を歌っていた。
とても耳に残り、いい曲だなと思った。
また聴きたいなと思い探していると、私が聴いたのはAcoustic Ver.だったと知った。
そして、原曲を歌っているのを見つけた。
そこには、私のイメージとは全く違った、とても素敵な笑顔で歌う4人がいた。

上田くんの最初のソロパート
「君が君でいてくれるから輝けるよ」
この部分で、私は上田くんのファンになった。

なんてかわいい笑顔なんだろうと驚いた。
もっと知りたいと思い、友達に過去のDVDや出演番組をほとんど借りた。
友達は玉森くんのファンとして知り合ったが、デビュー前からの亀梨くんのファンでもあり、喜んで貸してくれた。

KAT-TUNには、すでに長く、深く、濃い歴史があった。
昔の映像は、本当に同一人物かと疑うほどビジュアルは違ったけれど、どの時代もやっぱり笑顔はかわいかった。
私が知っていた上田くんは、ドラマ「ランナウェイ」の、坊主頭時代だけだった。

知れば知るほど好きになって、会いたくなった。
過去には戻ることはできないけれど、これからのKAT-TUNを応援していきたいと思った。

そして、玉森くんから担降りし、私はhyphenになった。